Night of the Livingdead  2006年07月
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Night of the Livingdead 

夜野のイラストブログ

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アメジスト・リフレクション

プロトタイプ



「アメジスト・リフレクション」  



 瑠璃色とはまた違うのだろうか――。
 その大きな青紫のガラスの目玉に、僕はすっかり心を奪われていた。じっと見入る。すると、それがコックピットみたいに見えてくる……まあ何となく、そうだ、SF漫画で異星人が乗ってきた小型カプセルの窓みたいな。触ろうと思っても、相手は展示品だから当然届かないのだが。
 手の届かない、宝石。ショーウィンドウ。
 もちろん僕と青紫の目玉の間を隔てるものは柵しかないが、しかし無限の距離があるように思えた。それは二十一世紀と、ジュラ紀? 白亜紀? 梨とアロサウルスくらいの、肌は似ているけれど決定的に違う、実にほほえましい隔たりだった。
「きゃはははっ」
 明るい声が展示スペースの近くで起こる。振り向くと真横に【順路】の矢印が無愛想に立っていたが、その向こうに白銀のワンピース姿の、踊るような女性の人影が見えた。彼女は柵をひょいと飛び越え、銀色のなめらかな髪を美しい流れに乗せる。なぜか警報機は鳴らなかった。
「トカゲじゃないよ、おじさん。イヌ、イヌだってば」
「えっ、イヌなの?」
 あごひげを蓄えた小太りの中年おやじが目を細める。ナポリ職人が仕立てたような格式ばったスーツを着た紳士だ。しかし、オオトカゲでもオオイヌでもなく彼女の堂々とした胸の谷間をじっと見ていた。
「そ、イヌぅ」
「イヌの祖先がこんなにでかいわけないだろう?」
「忠犬になる前はイヌって結構でかかったの」
 そんな馬鹿な説明があるかよ。
「こいつの名前は?」
「ルーブル」
「フランスの生まれ……?」
 中年おやじは説明をまともに聞いていなかった。それが分かって彼女も適当な解説をしていた。警報機が鳴らなかったところを見ると、彼女は科学博物館の係員だろうか。だが、他の係員はネームプレートをつけ、あんなまぶしいノースリーブのワンピースは着ていない。男女ともみんな紺のブレザーだ。
「あっはっは、こいつはルーブルじゃないぞ」
「うそっ。ルーブルなの」
 物知り顔に笑い飛ばす中年おやじに対し、彼女はつんと唇をとがらせた。
「館長、お客さまがお見えです」
 遠くから女性係員が中年おやじに向かって声をかけた。館長だって?
「またおいで」と手を上げて、館長と呼ばれたおやじは姿勢よく去っていく。取り残されたのは、ワンピースの彼女と、青紫の目玉のルーブルと、【順路】の看板だけだった。


 新しい学説がある。最近はそれが一部でそれなりに有力になりつつある。しかし、先行論文が非常に少ないので、学生の身ではなかなかそれに手を伸ばさない。手の届かない、宝石。ショーウィンドウ。僕は留年も構わない気持ちで(気迫とは違うけれど)そこに手を伸ばした。
 もちろん、まだ全然届いていないのだが――。
 こういう学説だ。イヌの祖先は歴史上のどこかで異星人の実験体として選ばれ、その一部が機械の体へと変貌を遂げた、と。彼女がまるで愛犬のように“ルーブル”と呼んだ物体は、世界に同じものが三体しかない、そのうちの一体なのだ。これは『ドギロイド』という仮称で呼ばれていたが、今ではそれが世界的な通称になっている。二○二一年にリビアで初めて発掘されたとき、当然のごとく世界中が沸き立った。
 この巨大さに、である。
 そして、ドギロイドは何かにひれ伏すような姿勢で屈葬されたらしく、その形で掘り出され、三年をかけて現在の形まで復元、整形がなされた。
 その間の生物学的な骨格解析で、まず哺乳類であり、イヌ科であるらしいことが確かめられた。だが、そこからが長かった。外は明らかにイヌ科の骨なのだが、中身は複雑な電子回路が組み込まれ、しかもそれが少しも錆びずに現存していたのである。回路の大半は微生物の溶解によって侵蝕され、断線もはげしかったが、頭骨内の一部はCTスキャンの結果、かなり維持されていると判明した。
 ――が、頭骨を切り開くことは今世紀の技術ではまったく不可能だと分かったのだ。
 手の届かない、宝石。ショーウィンドウ。


 僕はPDAを手に持ち、黙々と“ルーブル”をデッサンしていた。数年前の製品だが、まだまだ現役で使える。僕は昔から物持ちがいい、と自分を誉めていた。もちろん誰も誉めてくれる人がそばにいないからだが。
 館長がいなくなると、ワンピースの彼女は急に手持ちぶさたになって、きょろきょろしはじめた。いまどき科学博物館でせっせとデッサンしている人間などいるはずもなく、僕の姿は自然と彼女の目に留まった。うれしいけれど、少し恐くもあった。
 彼女が恐いわけではない。
 僕は、相手にすぐ飲み込まれてしまうのだ。習性か、と言われれば、そうだ、と答えるしかない。
「ねぇ、宿題?」
 子供だと思っているのだろうか。年は同じくらいに見えるが、彼女の最初の一言はとても馴れ馴れしいものだった。ゆっくりとこちらに歩み寄ってきて、“ルーブル”の頭をぽんぽんと叩く。きゃはははっと、あの声が僕の耳によみがえった。
 どうせからかいに来たんだろう、と僕は目を伏せた。正面を向けば、そこにみずみずしく光る白い肌と、豊かな胸があるからだ。彼女が生まれたのはきっと冬だ。僕は根拠も経験則もなく、ただそう直感した。それはどうあれ、親近感を抱く余地はない。飲み込まれそうになるリスクファクターを僕は自分で回避しなければならない。
「姪っ子の手伝いなんだ」
「いくらで?」
 彼女はおかしなことを聞く。
「――出世払いさ」
「ふふ」彼女は笑ったが、僕にしてみれば姪の出世払いというのもおかしな答えだった。
 しばらく僕がPDAで熱心に走らせるライトペンの擦れる音だけが鳴り、せわしない僕の手もとを彼女はずっと眺めていた。実は、僕は指が長いのだ。女性の鎖骨の美しさと、男の指の美しさは密かに対をなしているのではないかと僕は思う。彼女は特別鎖骨が美しいわけではない、僕も特別指が美しいわけではない。けれども、そんな凡庸な僕たちを超然と見つめるように、“ルーブル”の目玉は陶然となるほど見事な光を宿していた。
 ドギロイドは――なぜ生み出されたのだろうか。大ダーウィンが唱えた進化の過程から逸脱し、この機械の肉体は一滴の血液さえも後世の研究者のために遺さなかった。異星人の所業としか説明できないが、しかしドギロイドの存在だけで異星人を肯定するのも無茶だった。ただ、神の仕事ではないのは確かだ。なぜなら機械を生み出したのは人間であり、神ではない。神も人も首を傾げつつ、ドギロイドだけが語る何億年もの神秘的な孤独が、目玉に深く映し込まれていた。
 決して破ることができないショーケース。その超硬質なガラス体の奥に、何を隠し持っているのだろうか。もしかすると、この距離ならば――
「宝石の山が覗けないかなと思ってね」
「あたしさ、雪女なんだ」
 噛み合っていなかった。僕は意表をつかれ、PDAから顔を上げてしまった。
「ビックリした?」
 悪気もなく聞いてくる。つまり、それを打ち明けてくるというのは、二人の会話は他に誰にも聞こえていないからだろう。僕が必死に大きな目玉へ視線を注ぐと、それを遮るように、彼女はすっと間に入り、ほんの少し肩をすくめて笑った。それは雪女という劣等感を逆手に取ったような仕草で、僕の心はじんわりと干渉されていく。大きな大きな青紫の目玉に彼女のワンピースがさらりと映える。
 ガラス体の奥で何か小さなものが起動し、チカチカ光りはじめる間に、僕の生きる時間が少しずつ削られていくような心地がした。
「この子、いい顔してるでしょ?」
「……この子?」
「アメジスト、そろそろ起きなさい」
 彼女は寄りかかる後ろの巨体に向かって、確かにそう呼びかけた。ルーブルではなかったのだろうか。
「アメジスト」僕は無気力に反芻する。ただもう何も抗わず、飲み込まれていくのが分かる。
「かわいい名前でしょ」
「聞いていいかな?」
「姪っ子さん想いね。ふふ」
 また彼女は笑った。しかし、神秘に向かい問いかけようとした僕の唇はもう完全に凍結していた。冷たさや痛みはない。ただ、数億年の絶望感が少しずつ僕のなかに侵蝕しつつあった。

  WOOOOOO…………

 アメジストの遠吠えが天井の高い館内に響きわたる。
 だが、他の誰も僕たちのほうを振り向かない。【順路】の看板に沿ってどんどん流れ、たとえそれが進化の過程でなく、何者かの意思で逸脱した道を見つけたとしても、やはり変わった寄り道はしない。真に成熟した冒険者は科学博物館になど足を運ばないのだ、と僕は考え、それからPDAを床に投げ捨て、破壊した。内蔵された電子回路やらチップやらが飛散する。

  WOOOOOO…………

「今日はなかなかご機嫌ね」
 彼女は楽しそうにクスクス笑い、僕の胸板をさすり、少し呼気を整えさせてから、絶対零度のくちづけをした。密着する胸の感触が伝わり、脳へ警鐘を報せる暇もなく、舌の根も気管支も一気に凍結し、僕のからだは氷河期へと飛躍する。彼女は僕の正面に立ち、襟元から白い手を差し込んで、要らなくなった僕の上着を剥がしていく。そして、赤みを失った目を見つめ、「ふふ」とまた笑ってくれた。
 アメジストの青紫の目玉に手を伸ばし、九十度回転させると、ふたのようにそれは開いた。チカチカと光りキュルキュルと回る精密な網膜の世界が、僕のからだをますます硬直させる。
「――ねぇ、こういうのは嫌いじゃない?」

 彼女が生まれたのはやはり冬だった。僕は根拠も経験則もなく、ただそう納得した。



(了)

作)sleepdog 画)夜野 月
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テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/07/29(土) 12:57:49|
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犬祭にて「銀の骨賞」受賞!

大盛況の内に幕を下ろした
sleepdogさんとこの犬祭にて、自分の絵がなななんと!
犬祭授賞

「銀の骨」賞を受賞しました!!自慢自慢!
シルバーボーン・・・なんてこのリビングにぴったりな賞なんだ(感激)
うれすぃーーーーーっ(TーT)

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  1. 2006/07/24(月) 03:15:22|
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亜種/幽閉都市 完結!

日夜参拝している混乱之纂乗のベノさんのメイン長編小説がとうとう完結。

亜種完結


すごいぜ!ベノさん!!
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  1. 2006/07/22(土) 15:10:16|
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